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株式会社 日立インフォメーションアカデミー人財育成ソリューション

三代目は店を潰す

- 「三代目」の新しい門出 -

2019年1月10日

永倉 正洋技術士(電気・電子部門)株式会社 日立インフォメーションアカデミー主幹コーディネータ

2019年がスタートしました。今年はどんな年になるのでしょう? 産業界においては、IoT、AI、ロボット、5G、・・・等、先端技術が次々と登場しています。これらの技術を駆使したシステムやサービスにより、わたしたちの社会生活はますます豊かになっていきそうです。
このような進歩のスピードが速い社会に生きる、わたしたちのものの見方や価値観が多様化するのは当然かもしれません。
さて、今年初のコラム、「三代目は店を潰す - 「三代目」の新しい門出 -」をどうぞお楽しみください。
(コラム担当記)

 前回31回からだいぶん間が空いてしまいました。 この間、研修の開発が立て込んだので書く時間が取れなくて・・・ という言い訳から書き始めたのですが、この間開発していた研修、多くが意識の浸透、施策やビジョンの理解や納得(腹落ち)を期待効果とするものでした。 このような研修は過去も無くはなかったですが、さほど多くはなかったように思います。 なぜ多くなったのか? 二つの側面があると思います。

 一つは、昔より組織の方針やビジョンの重要性が増していることです。 もう一つは、方針やビジョンの"文言"の理解が多様化して一律ではないということです。

 一つめの「組織の方針やビジョンの重要性増大」は、経営やビジネスの方向性が"単純"ではなくなり、どこを向いて業務を行えば良いのかがわかりにくくなったということでしょう。 昔から企業価値をビジョンやブランド価値中心に高める考え方はありました。

 所謂「ブランド高級品」で代表される「ブランド経営」がそれにあたります。 方針・ビジョンの重要性は、企業理念や経営の選択しだいでした。 この変化は私の実感でもあります。 1990年代前半までは、展示会などに行くと歩きながら見ていても何が展示してあるのか、何が新しいのかはすぐにわかりました。 ところが1990年代後半からは、いちいち立ち止まって説明を受けないとわからない展示会ばかりとなってしまいました。 ITフィールドでいうなら、ハードウェアの展示からソフトウェアの展示への変化です。 ハードウェア(≒もの)は見てすぐにわかります(ほとんどのものは・・・)。 しかし、ソフトウェア(≒コト)は画面遷移を見たり説明を受けないとよくわからない、時間がかかり面倒臭くなったものです。 ものの時代の経営・ビジネスはわかかりやすかった。 その企業が何屋なのか、製品を見ればすぐにわかります。 自分の会社が何屋で、何をめざし、何が強みなのか、どれぐらい強いのか、従業員はすぐにわかりました。 会社のめざす方向性が日々の業務から実感として得ることができました。 取り立てて方針やビジョンを振りかざさなくても会社全体での一体感は醸成できました。 「世界最速の製品を開発!」、「世界最初の製品を開発!」。 こんな自社の記事が発表されると心躍ったものです。 時代が"もの"から"コト"に変わり、展示会と同様、自分の会社が何をやっているのか、自分の会社の強みが何でどこにあるのか、調べ回り聞き回らないとよくわからない。 "もの"にくらべ"コト"は柔軟性があるので、出てきた商品を見て「なぜうちの会社が?」なんてことも起こり始めました。 ボーッと生きていると自分の会社がどこに行こうとしているのかさえ見えなくなる状況になりました。 従業員の意識がバラバラのまま事業が進むほど無意味で危険なことはありません。 特に"コト"の価値を創出する源泉は「知恵」、すなわち従業員一人ひとりの「脳のコンピュータ」ですが、無秩序な意識共有は決して「脳のコンピュータ」の電源である「意欲」を産み出すことはありません。 その組織は衰退につながります。 そこで重要性が増したのが、「組織の方針やビジョンの浸透・共有」です。 従来は商品や業務を通じて感じ取れたことを、経営がわかりやすく説明して理解・納得させることが必要となりました。 柔軟性に富む従業員各人の「脳のコンピュータ」を最適に連動させることが、今の組織には求められます。 「脳のコンピュータ」のグリッドコンピューティングシステムが大切です。 グリッドにつながる「脳のコンピュータ」すべての電源を入れ、柔軟性に富むCPU(脳)回路を最適に融合させるためには、組織の方針やビジョンの理解と納得から生まれる腹落ち感と意欲の醸成が、何よりも大切な時代を迎えているということなのでしょう。

 ところが、この大切なことの実行をジャマする要因が生まれてきました。 それが二つめの「方針やビジョンの"文言"の理解が多様化して一律ではない」ということです。

 "人"という動物が"人間"という"群"を成す時に重要なのが"間"です。 この"間"を形成するのがコミュニケーションです。 コミュニケーションは広辞苑によると『①社会生活を営む人間の間で行う知覚・感情・思考の伝達。言語・記号その他視覚・聴覚に訴える各種のものを媒介とする。(以下略)』とあります。 要は"伝え合う"ことが大切です。 しかし、"伝える"ということは実は難しいことです。 なぜならば、伝える側と伝えられる側に知覚・感情・思考や経験・知識・環境のギャップがあるからです。

 文言は伝える側の都合・常識などの基準に則ってまずは組み立てられます。 それでうまく伝えられない場合、相手の都合・常識などの基準に合わせて組み立て直します。 「相手の立場に立つ」ということですね。 相手の知覚・感情・思考・経験・知識・都合・常識などのすべてを把握して組み立て直すことは難しく大変です。 相手とのギャップが大きければ大きいほどこの難しさ・大変さは飛躍的に増してしまいます。 日本は、ここが楽な国だったといえるでしょう。 欧米の民族・宗教・習慣・常識が多様であった国々・地域とは異なり、日本は文化や常識、習慣を多くの人が共有してきたと言われていました。 自分の基準が多くの他の人の基準と同じか微々な差でしたから、自分基準で組み立ててもコミュニケーションが成立しました。 特に身振り手振りや抑揚を感じない「文章の文言」を介してでも成立していました。 これは会社の中でも同様でした。 会社の文化・常識に自分を合わせることに抵抗感がほとんどなかったのが日本の企業の特徴のひとつです。 物心ついた頃から周りと同じ基準を持つことが当たり前でしたから、就職して会社の文化や常識の基準に新たに触れても、それに馴染むことに違和感を感じなかったのでしょう。 「一言えば十伝わる」所以です。

 時代が変わりました。 多様化の時代です。 伝える側と伝えられる側のギャップが多様化しています。 ギャップが生じているのかすらわかりにくくなっています。 一つ目の「組織の方針やビジョンの理解と納得から生まれる腹落ち感と意欲の醸成が、何よりも大切な時代を迎えている」のですが、それを"文言"を使った従来からのやり方だけで実行しようとしてもうまくいかない。 かえって間違って伝わる場面も増えてきています。従って、"文言"だけでは伝わらないのであれば、しっかり各人の時代背景や文化、常識の違いを踏まえて説明し、理解・納得につなげる施策が必要となります。 そのひとつが最近増えている「意識醸成のための研修」ということなのでしょう。

 伝える側と伝えられる側のギャップは、社会の多様化的要因が大きいのですが、会社の中でのギャップを拡げている要因は、前々回のコラムで書いた「そもそも就職ということを共有できているか」という根本的な部分を無視できないと考えています。 そもそも「就職して働く」ということの意味が異なれば、ギャップ以前の立ち位置が異なるということです。 この重要な部分がなぜ年代差が生まれてしまったのでしょうか?

 私なりの仮説は、「三代目は店を潰す」です。

 「三代目は店を潰す」 今さら説明の必要はないでしょうが、簡単に要点だけを記してみます。 店を最初に立ち上げる「一代目」は、多くの苦労・努力をして店を起こします。

 その奮闘振りを「一代目」の子供は見て実感しながら成長します。 「一代目」が引退し子供が「二代目」として店を引き継ぐと、「一代目」の必死な姿を見てきた「二代目」は、店を潰してはいけない、引き継いだ時よりも発展させねばならない、という強い思いを持って奮闘します。 「二代目」の子供が物心ついたときには、店はそこそこ立派になっていて、子供の目からは立派な店が当たり前となっています。 「二代目」が引退し子供が「三代目」になると、当たり前ですから立派な店の維持・拡大はどこからかやってくると思ってしまい、必死な奮闘からはほど遠くなります。 立派な店で成長していますから、裕福な生活も当たり前なのでお金は使う・・・ 結果店は衰退し潰れてしまう。

 決して「三代目」に能力がない、ということではありません。 親の奮闘振り・努力・苦労・必死さを見て・実感して成長したかどうかの違いです。 親のやってきたことが子供のさまざまな思考や判断の基準となるということです。 親から子、子から孫に代替わりするたびに子供には苦労させたくない、というのも親心であり、社会全体として豊かな社会になるということでもあります。 豊かな社会の進展と「三代目は店を潰す」から学べることの両立、実は難しいことなんだと改めて思えます。
さて、「三代目は店を潰す」から学べることからの仮説ですが、第30回のコラムで書いた『仕事とは? ― 仕事というものを世代間で共有出来ているのだろうか ―』の背景の仮説でもあります。

 日本の戦後復興の過程を振り返ってみると、昭和20年代から昭和50年代にかけて目に見える"もの"の発展が主役でした。 「三種の神器」「新三種の神器」に代表される家電品の普及、三田国際ビル・霞が関ビル・新宿超高層ビルの建設、新幹線の開通に代表される交通網の発展、高速道路の開通、大阪万博(1970年)の開催(私は、中学の修学旅行で行きました)、国産ロケットの開発 等々、日本の成長が目に見えて、子供にも発展がわかりやすかった時代です。 この発展を実現したのは自分たちの親をはじめ大人の努力・苦労・奮闘であることも子供心にわかりました。 「一代目」と「一代目」を実感する「二代目」の構造がここにありました。 この結果、「二代目」は"仕事"というものの大変さや成果を子供の頃から刷り込まれ、実感して成長してきました。 自分が"仕事"に就くということの意味が明解に確立されていました。 多くの人がめざすものを、社会が豊かになっていく具体的な形を通じて共有できました。

 「二代目」が社会の最前線に立つようになると、時代は"もの"が飽和して"コト"に変化してきます。 前述したようにわかりにくくなってきます。 それでも「二代目」は「一代目」の延長で"仕事"をしました。 "仕事"の結果が変わっただけという認識が持てたからです。 さらに社会の進展の余地がまだわかりやすい形で残っていました。

 さて、いま社会人デビューしている世代はどうでしょう? すでに豊かになった社会で育ってきており、この豊かさが当たり前の世代です。 「二代目」の"仕事"の成果が、昔のようにわかりやすいものではなくなり、潜在的な部分での社会発展を実感しにくくなっている時代で成長しています。 「三代目」の出現です。 "仕事"の意味が異なり、常識が異なります。 一人ひとりの"仕事"の相乗としての会社のめざすことや会社の存在意義という根本の部分で、必ずしも多くの人が共有できているとは限らない状況が出現しています。 「一代目」「二代目」の時代には、いちいち文言にしなくても常識として共有できていたものが、今は文言にしなければならない、その文言の背景から吟味しなければならない、ということが起きています。

 この仮説、決して「三代目」がダメだ、と言いたいのではありません。 「一代目」「二代目」の時代は社会でめざすものが共有できた「既知の解の解答」の時代でしたが、いまは様々なことが飽和し、この先何をめざすべきなのかが曖昧な「未知の解の解決」する時代です。 従来のやり方、特に暗黙的に良いとしていたやり方では解決できない時代です。 今求められているのは、数十年後に今の「三代目」が「一代目」だったと言われることなのかもしれません。

 「一代目」「二代目」は「三代目」の今までにない門出の環境をしっかり整え、門出の先は任せる度量と勇気が求められているのかもしれません。


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